扉を開けて一瞬固まった。
夜も更け、だが今日という日のおかげでまだまだ街は明るく賑やかな時間。
玄関を叩く音に扉を開ければ、予想範疇の欠片にも引っかからなかった男がいた。
いつもと変わらずがっちりと上げた前髪に重たいコートのその姿は、何時にも増して華やかなパリの街ではさぞ浮いたことだろう。仕事の時と変わらないかっちりとしたその恰好で、何故か大きな紙袋を抱えながら白い息を吐いている。それが不似合いでなんだかおかしい。
なにやってんのお前。と至極真っ当な言葉が自分の口から出た。
「中に入れてはくれないか?」
寒い。と、らしくもなくマフラーに顔をうずめてもごもごと話す。質問の答えにはなっていない。
その目はなんとなくはっきりとこちらを見ない。ふーん。そう。言えない、訳ですね。
フランスはそんなドイツの姿に、呆れると同時に感心した。驚いたと言うべきか。はっきりといえない理由で今日この日に、何処かに行ける人間だとは思っていなかった。今年もお兄ちゃん主催の盛大なクリスマスパーティが開かれることだろう。そういう名目で飲んで騒ぐだけといえばそれまでだが、きっとオーストリアやハンガリー達、イタリアなんかも集まって、何だかんだいって豪華なディナーが整えられていたんだろう。きっと今だってそうだ。べろべろに酔ったプロイセンが暴れてフライパンで殴られている姿が目に浮びすぎる。それと、それを隣で見てため息を付いているこいつも。誰も、こんなところにいるなんて欠片も思ってはいない。もちろん自分も、思って居なかった。まあ、別にいいけど。無言で玄関を通す。外の痛いほど冷たい空気には俺だってあまりあたって居たくは無い。
「家空けて来ていいのか?」
お兄ちゃんが今頃騒いでるんじゃないの?黙って着いてくるドイツにフランスは振り返りもせず問う。
「いいんだ、別に。公式にパーティをするのは本当は明日で、単に毎年気がついたらイブから騒ぐことになるだけで・・・」
ふーん、そうだっけ。毎年この時期はどこも大騒ぎだから正直あまり良く分からない。
まあ、正式に言えば今日はまだ辛うじてイブで、本番は明日だから確かにそれが自然なんだろう。
リビングは暖炉のおかげで暖かくて、外の寒さを再認識した。時と場合にも寄るけれど、やっぱり電子的な暖房器具より暖炉の暖かさが好きだった。特に今日みたいな日はこんな暖かさがあるべきだろう。何をするわけでもなく突っ立ってるドイツに、まあ座ればと、促して気がついた。
「何それ」
抱えている大きな紙袋に入っているのは、なぜか上質そうな食材たちだった。これからパーティの準備でもするのかとでも思うそれを、うちに持ってきてどうする。もしかして、帰りの途中に寄っただけだったのだろうか。ああ、それの方がこの男には似合っている。
いつもに比べるとなんだかはっきりしないドイツが若干目をさまよわせて、その大きな紙袋をこちらに差し出す。いや、何。
「おまえに」
俺に。くれんの?
聞く前に渡された。ずっしりと重い。ちょっと待て。
「何これ。お前もしかしてこれで何か作れとか言うんじゃないだろうな。」
そしてそれを明日のパーティに持って来いと、そんなこと言ったら国際問題にしてやる。
「違う」
「じゃ何?」
「・・・・・・・特に、深い意味は無い」
なんだそれ。
「・・・で、お前は何でこんな時間になってうちにきたの?」
なんだか今日は腑に落ちない。埒が明かなくてストレートに聞くと途端に顔をしかめた。分かりやすいやつだ。答えたくないと、あからさまな顔をされると、答えさせたくなっちゃうんです、お兄さんは。
「本当はもっと早く来れた筈なんだ。ストで大幅に遅れただけで」
そこを聞いてるわけじゃないんだけど。この返事はわざとなのか素なのか良く分からないな。
「悪かったですねーこんな日にまでストで。言っとくけど苦労して来ても何にも無いからな。特にパーティの予定も無いのでお兄さんはディナーも作ってません」
大体さっき仕事で帰ってきただけですし。虚しくなんて無い。
「別にそういうのを期待して来たわけじゃない。居るかどうかも分からなかったからいいんだ」
居ただけで。つぶやく。
はっ、思わず声にならない笑いが口から漏れて息になった。いるかもわからない相手に、ストの中、クリスマスイブの夜に家を抜けて?極度のブラコンのお前が?
なんて愉快な話だろう。
「つまりお前は何しに来たの?」
「・・・・・・・・・」
答えはない。
「・・・別に、何をしに来た訳でも、ないんだ」
そういうのを会いにきたって言うんだよ。

「飯は?」
「済ませた。お前は?」
「微妙」
「・・・そうか」
なにがそうかなんだ。結局お兄さんは何一つ理解できていないんですが。これはどういうことなんでしょうかね。説明する気がないというより、何をしたいかが分からない子供のようだった。そう、うんそんな感じだ。
「お前は何がしたかったんだよ?」
問うとまた視線をわずかにめぐらせる。今日はなんなんですかね。廊下に立たされた悪がきのようなドイツを叱る役でも与えられているのだろうか、俺は。
「たぶんクリスマスを」
ん?
「したかったんだと思う」
「だからしてたんだろ?」
家で。
むぅ、と黙り込む。別に俺は怒ってなんか居ないんですが。いつも会話のテンプレートのように返事をしてくる相手がこう決まりが悪いと正直めんどくさい。ほんとは分かってるけど言ってあげる気はなかった。クリスマスだから会いに来たと、意外すぎるこいつの行動に関心と驚きを感じたはいいものの、そうだと言えない相手になぜかいらいらする。それは、はっきりしないからだと、そう思ってる。
しょうがねぇなぁ。今日の俺は何て甘いんだろう。
「だったら付き合え。ワインしかない文句はきかないぞ」
やっとソファに座った相手に、何時帰ればいいんだと聞いたら、明日の午前中には、と返る。何だ結局お前も一日中飲みっぱなしになるんじゃねぇか結局。帰りはちゃんと酒抜いてから運転しろよお前。
「これ使っていいんだろ」
ドイツの抱えてきた大きな袋を指して言う。ローストビーフにトマトにズッキーニ、一目みても分かるほどなぜかいい品ばかりだが、さりげなくジャガイモとヴルストが入っているあたりお前ホントはこうなること予想してたんじゃないだろうな。何か作れって事だろこれは、明らかに。
お前ホントなんなの一体。俺に料理させに来たのかほんっと。
ぼやく俺にまだ煮えきらずにぼそぼそ話す。だって。だってってなんだお前実は酔っ払ってるのか。
「何をやれば喜ぶかわからなかったんだ・・・」
は?
「おまえがほしがりそうなもの」
たくさんある気がしていたんだが、具体的なものは一つも。
「喜ばなくは無いだろうと思ったんだ」
さすがにそれは、自分でだってどうかとおもう。
だからって、服も物も・・
おれの、欲しがりそうな、もの。クリスマス。それはもしかして。
「クリスマスプレゼント?」
いや、べつにそういうわけではないんだ。呟く。どうそういうわけじゃないんだと問いたい。いまの流れで。自分でだってどうかって?そりゃそうだろ、なんだこれ。
なんだかなぁと、馬鹿らしくなった。思わぬ来訪者に俺も良く分からなくなっていたのかもしれない、色々と。こんな日の夜訪ねてこれる相手だなんて思って居なかったから、その予想が外れて混乱したのかも。うまくなんて、器用になんて、出来るわけじゃない。成長したのかと思ったらそれはほんのちょっとだけだった。わかり辛いことこの上ない。スマートにセンスのいいプレゼントを持ってクリスマスに訪ねてくる。そんな日はまだまだ何十年後、下手したら何百年後の問題のようだった。実際、そんな日が来たら、それはそれでひどく面白い光景のような気がするけど。やけに生真面目にクリスマスにうちを訪ねてくる未来のドイツを想像して、ひどく愉快な気持になった。目の前で拗ねたように口を閉ざす現在の相手を見て抑え切れなくて、はっと吹き出す。さらに眉間の皺が深くなる。いいネタになったから。今夜はちゃんとヴルストとジャガイモを使ってやろう。そうすればばきっとドイツの機嫌なんてころっと直る。確信をもったフランスがキッチンへと向かうと、ドイツがやっとソファに座った気配がして、フランスは密かに笑いながら食材の行方を考えた。


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09.12.24